東京高等裁判所 平成10年(ネ)5397号 判決 1999年6月30日
東京都台東区浅草六丁目四番一二号
控訴人(原審被告)
丸喜株式会社
右代表者代表取締役
河原啓介
横浜市西区平沼一丁目二番二三号
控訴人(原審被告)
マルチウ産業株式会社
右代表者代表取締役
小川喜清
右両名訴訟代理人弁護士
小池恒明
フランス国
ルヴァロア ペレ セデックス リュー アナトール フランス 一四九番
被控訴人(原審原告)
アシェット フィリパキ プレス ソシエテ アノニム
右代表者
ベルナール マンフロア
右訴訟代理人弁護士
関根秀太
同
石村善哉
同
惣津晶子
同
小野顕
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者の主張の要点は、以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五頁三~四行目、六行目、七行目及び一三頁八行目の各「基いて、」を、各「基づいて、」に、同五頁七~八行目の「差止」を「差止め」に、同三〇頁六行目の「と比較すると」を「とを比較すると」に、それぞれ改める。)。
一 控訴人ら
1 原告商標の著名性について
原判決は、原告商標が著名性を有することについて「後記のとおり」(原判決二四頁五行目、二五頁九行、二七頁三行)と説示しながら、その認定を何らしておらず、明らかに違法である。しかも、原判決は、原告商標が著名であることにより、<1>被告標章中の「ELLE」の部分が要部となり、<2>その要部の称呼が「エル」となるとするのであり、その認定自体誤りであるが、仮に、それだけの効果が生じるのであれば、当然、著名性についての認定を脱落してはならないことである。
また、被告登録商標は、昭和五五年一二月二五日の出願であるから、その時点での原告商標の著名性を認定しなければならないところ、原審において、これを立証するに足る証拠は存在しない。
しかも、被控訴人は、昭和六三年から商品「靴」についての使用を開始したと主張しており、日本におけるライセンス活動を実質的に開始したのも昭和五九年からであるから、著名性のみならず周知性も主張できない立場にあるものである。そもそも、原告商標「ELLE」は、フランス語の人称代名詞の主格(「彼女は」、「彼女らは」の意味)として誰でも自由に使用できる語であるし、その書体も一般的であるから、著名であるとは到底いえない。
2 被告標章の称呼等について
被告登録商標は、欧文字「ELLE MARINE」の下段に「エレマリーン」と一連に片仮名付記をなしており、その称呼は明らかに「エレマリーン」である。したがって、被告標章の称呼も「エレマリーン」であり、これが、「ELLE」と「MARINE」に分断され、前者の部分から「エル」の称呼が生じるとするのは事実に反するものである。ちなみに、被告標章を付した商品(サンダル、靴)の実際の取引関連業者は、控訴人マルチウの質問に対し、これらの商品が「エレマリーン」の称呼で一連に呼ばれている旨を回答している(乙四九、以下「本件回答書」という。)。
したがって、被告標章の称呼「エレマリーン」の五音中、本件登録商標の称呼「エル」と共通するのは、第一音の「エ」のみであり、このようにわずか一音を共通するのみで称呼が類似とされた事例は今まで皆無である。特許庁の従来の審査でも、「ELLE」と「ELLE MARINE」は非類似とされているし、控訴人マルチウは、欧文字「ELLE MARINE」に花図形等を付した商標を指定商品「履物」について出願してこれらが登録されており(乙三五、四八)、これについての被控訴人からの異議申立ても否定されている(乙五二)から、被告標章と本件登録商標は非類似である。
3 本件登録商標と被告登録商標との関係について
仮に、原判決が認定するように、本件登録商標と被告標章とが、要部及び称呼を同じくして類似するのであれば、本件登録商標は、その出願(昭和五五年一二月二六日)前の出願であり、被告標章と要部及び称呼を同じくする被告登録商標(昭和五五年一二月二五日登録出願、昭和六一年六月二七日設定登録)と抵触することとなり、その制限を受けていたのであるから、控訴人らに対し、類似範囲の商標の使用の禁止を請求することができる地位に転化することはあり得ないはずである。また、本件登録商標の使用実績も、違法行為の積み重ねにすぎず、これが商標権の周知性の取得の理由となり得ないことは明らかである。
なお、被告登録商標については、既に被控訴人からの異議申立て(乙二四)が理由がないとされており、商品「靴」について確定的地位を得ており、本件は、後願商標権者である被控訴人が、先願商標権者である被控訴人らに対して差止めを請求する異例の事件である。
4 被告標章と被告登録商標の使用の関係について
登録商標の範囲は、願書に記載した商標と全く同一である必要はなく、文字の書体について見ると、一つの活字を登録することにより、書体の全てについて専用権を与えるのが商標法二七条一項の法意と解される。したがって、書体が変更されても登録商標の使用に該当することは、明らかである。従来の判例においても、登録商標の使用態様が多少異なっていても、なお登録商標の使用が肯定されており、被告標章の使用が被告登録商標の使用に当たらないとした原判決は、この判例理論にも反するのである。
二 被控訴人
1 原告商標の著名性について
原判決は、原告商標の著名性を、不正競争防止法の要件として問題としているわけではない。すなわち、原判決は、本件登録商標と被告標章との類似性、なかでも、一般消費者が被告標章の「ELLE」の部分を商品の出所表示機能を有する部分であると理解し、それ故に被告標章の要部が「ELLE」であることの判断を行うための一要素として、原告商標の著名性を引用したにすぎない。したがって、原判決のいう著名性は、不正競争防止法二条一項二号の要件としての概念とは異なり、「知名度」という程度のものであるから、その明確な判断の欠如を強調する控訴人らの主張は失当である。
被控訴人は、昭和二〇年から原告商標を継続的に使用しており、日本におけるライセンス活動を実質的に開始したのは昭和三九年からである。原告商標が周知性を獲得したのは、雑誌「アンアン」の創刊にかかる昭和四五年三月であり、著名性を獲得したのは、原告雑誌の創刊に係る昭和五七年四月である。もっとも、本件は、本件登録商標に基づいて被告標章一~三の差止め等を求めるものであるから、原告商標の著名性も、控訴人マルチウが被告標章一の使用を開始した平成四年以降において認められれば足りるものであり、控訴人ら主張のように被告登録商標の出願時点である昭和五五年一二月二五日ではない。
そして、著名商標としての適格性は、控訴人ら主張のようにその語が誰でも自由に使用できるか否かとは関係なく、その語が特定の商品に表示されたときに、需要者が当該商標をもって特定の出所を表示するものと理解するか否かによるところ、原告商標は、ファッション関係の商品について被控訴人の出所を表示するものとして需要者により理解されることが明白である。また、原告商標の書体一般についてその著名性が問題となるわけではなく、「ELLE」という特定の観念及び称呼と結びついて外観としての書体が問題となるのである。
2 被告標章の称呼等について
控訴人らの称呼に関する主張は、被告登録商標と被告標章を不当に同視するものである。すなわち、被告登録商標が、「エレマリーン」との称呼を持ち得るとすれば、それは同商標に「エレマリーン」との片仮名表示が付されているためであり、外観がより一層本件登録商標に類似し、「エレマリーン」の片仮名表示が付されていない被告標章一~三から、「エレマリーン」との称呼が生じることはあり得ない。原判決認定のとおり、被告標章の要部は「ELLE」であり、その要部の称呼も「エル」である。
控訴人らの提出した本件回答書は、被告標章一~三を認識した上で、その称呼について述べたものとは考えられない。
3 本件登録商標と被告登録商標との関係について
被告登録商標について、当該商標の類似の範囲にまで専用使用の権利が及んでおり、本件登録商標も被告登録商標と抵触する範囲で制限を受けているとの控訴人らの主張は誤りである。すなわち、商標権者は、登録商標の類似範囲に属する標章について、禁止権が認められるにすぎず、商標権者の使用に対抗し得る正当な権限を有する第三者が存在する場合には、これを使用することができないのであり、このような第三者が存在しない限りにおいて、事実上これを使用し得るにすぎない。
しかも、被控訴人は、本件登録商標と同様の構成で、「ELLE」の欧文字(ただし、ブロック体)と「エル」片仮名文字を上下二段に横書きしてなる商標(以下「被控訴人商標」という。)を、昭和五五年七月二一日に出願し、これが昭和六一年一二月二四日に設定登録に至ったが、その後存続期間が満了したものである。
この被控訴人商標の存在に照らしても、本件登録商標の使用が違法行為の積み重ねでないことは明らかである。
4 被告標章と被告登録商標の使用の関係について
商標法二五条により、登録商標の専用が認められるのは、厳密なものであって願書に記載した商標に限られるから、被告登録商標と同じものではない被告標章一~三の使用は、被告登録商標の使用とはいえない。仮に、原判決の判断するように、「社会通念上同一」の標章も登録商標の使用と認められるとしても、その判断が厳密に行われるべきことは明らかであり、本件の結論に差異は生じない。
理由
一 原判決の引用
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。
その理由は、原判決二七頁九行目の次に改行して、次のとおり加え、項を改めて、当審における控訴人らの主張について判断するほか、原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。
「(五)(1) 被控訴人は、昭和二〇年(一九四五年)に、フランスで、原告商標を題号とした女性向けのファッション雑誌である原告雑誌を創刊し、その後、フランス以外の各国でも原告雑誌を発行しており、一九九一年には、ヨーロッパ、南北アメリカ、東南アジアの約九〇か国において、原告雑誌が発行されている。
日本においては、平凡出版が、被控訴人の許諾の下に、昭和四五年三月、雑誌「an.an(アンアン)」を、日本語版の原告雑誌と位置づけて創刊しており、その表紙には、原告商標と同じ字体をもって「ELLE JAPON」と付されていた。また、平凡出版は、昭和五七年四月に、雑誌「ELLE JAPON」を創刊しており、その後、同雑誌の編集発行業務は、株式会社マガジンハウスを経て、現在では、株式会社タイム アシェット ジャパンが承継しているが、同雑誌の表紙の題号は、「ELLE」が大きく強調され、「JAPON」はその脇に付随的に小さく表示される態様となっている。
なお、昭和六一年六月三〇日増補版第五刷発行の「増補版服飾大百科事典 下」には、「エル」の項目に、原告雑誌がファッション中心に編集したフランスの若い女性向けの週刊誌であり、最近では「エル・ファッション」と呼ばれ、全世界の若い女性たちの間に支持者を持つようになっている旨の記載があり、昭和五四年三月五日発行の「服飾事典」にも、「エル・ファッション」の項目に、これが、フランスの女性雑誌「ELLE」によって生み出されたファッションのことと記載されている。
(以上の認定全体につき、甲一八~三二、四八、四九、五三~六六、一四四~一八二)
(2) 被控訴人は、原告商標の商品化活動を推進しており、昭和三九年以降、帝人に対し原告商標の独占的使用を許諾し、帝人は、自ら「ELLE」ファッションに係る被服を製造・販売する一方、イトキン株式会社他数社に原告商標の再使用を許諾し、これらの使用権者が共同して、「ELLE」ファッションの宣伝・販売・普及に努めてきた。さらに、被控訴人は、昭和五九年七月に、帝人との関係を解消するとともに自ら東洋ファッションを設立して原告商標を管理し、従前の再使用権者らと共同して原告商標の普及に努め、現在では、日本国内における多数の企業に原告商標の再使用を許諾しており、被服のみならず、アクセサリー、バッグ類、はき物、傘、時計、生活用品等多種類の分野について、原告商標の付された商品が製造・販売されている。なお、日本において、原告商標が靴類に使用されたのは、昭和六三年ころからである。また、平成三年当時、日本国内の原告商標のライセンスを受けた店舗数は、四六五店、全世界での製品の売上高合計は、一七一八万フラン(約三億四三六〇万円)に及んでいる(甲一八、三二、三三~四七、八二~一八六)。
したがって、原告商標は、遅くとも、控訴人マルチウが被告標章一を付した商品である運動靴の製造・販売を開始した平成四年までには、指定商品「靴」の分野において著名性を獲得していたことが明らかといわなければならない。」
二 当審における控訴人らの主張について
1 原告商標の著名性について
原判決が、原告商標が著名性を有することについて「後記のとおり」(原判決二四頁五行目、二五頁九行、二七頁三行)と説示しながら、その認定を欠いたことは、理由不備の違法があるといわざるを得ないが、前示のとおり、原告商標が遅くとも平成四年までに著名となっていた事実は、原審で提出された各証拠により、これを認めることができるから、原判決には、その結論に影響を及ぼすべき違法はないものといわなければならない。
なお、控訴人らは、被告登録商標の出願時点(昭和五五年一二月二五日)での原告商標の著名性が認定されなければならないと主張するが、本件は、被告登録商標の登録無効を問題とするものではなく、本件登録商標に基づいて被告標章一~三の使用の差止め等を求めるものであり、この本件登録商標と被告標章との類似性を肯定するための一要素として、原告商標の著名性が認定されたものであるから、原判決認定(原判決七頁三~四行)のとおり、控訴人らが最も早く被告標章の使用を開始した平成四年の時点で、原告商標の著名性を認定することができれば足りるものであり、控訴人らの主張は失当といわなければならない。
2 被告標章の称呼等について
控訴人らは、被告登録商標の称呼が「エレマリーン」であることから、被告標章の称呼も「エレマリーン」であると主張するが、被告標章の使用が被告登録商標の使用と認められないことは、後記4のとおりであり、しかも、被告標章一~三の要部がいずれも「ELLE」であり、その要部の称呼がいずれも「エル」であることは、原判決認定(原判決二三頁六行~二四頁一一行、二五頁三行~二六頁二行、二六頁五行~二七頁七行)のとおりであるから、控訴人らの主張を採用する余地はなく、その余の控訴人らの主張も、右認定事実に照らして採用することができない。
なお、控訴人らの提出した本件回答書(乙四九)は、控訴人マルチウとの密接な取引関係を有する業者が、同控訴人からの質問に対して回答したものであって、その質問の前提とされる商標の態様も、被告標章一~三のいずれとも異なるものと認められるから、被告標章の称呼に関する前記認定を左右するに足るものとはいえない。
3 本件登録商標と被告登録商標との関係について
控訴人らは、本件登録商標が、被告標章と類似するのであれば、その出願前の出願である被告登録商標と抵触することとなり、その制限を受けているから、本件登録商標に基づいて、類似範囲の商標の使用の禁止を請求することはできないと主張する。
しかし、前示のとおり、被告登録商標の称呼が「エレマリーン」であるのに対し、被告標章一~三の要部の称呼はいずれも「エル」であり、しかも、後記4のとおり、被告標章の使用が被告登録商標の使用と認められない以上、本件登録商標が被告標章と類似するからといって、そのことによって本件登録商標が被告登録商標と抵触するものではなく、控訴人らの主張は、その前提において誤りがあるから到底採用することができない。
4 被告標章と被告登録商標の使用の関係について
控訴人らは、登録商標の範囲が、願書に記載した商標と全く同一である必要はなく、商標法二七条一項の法意からしても、書体が変更されても登録商標の使用に該当することが明らかであるから、被告標章の使用が被告登録商標の使用に当たる旨主張する。
しかし、書体が異なる点も含めて、被告標章一~三と被告登録商標を全体的に比較すると、これらの被告標章が、いずれも被告登録商標と社会通念上同一の商標といえないことは、原判決認定(原判決二九頁八行~三一頁三行、三一頁八行~三二頁八行、三三頁二行~三四頁六行)のとおりであるから、被告標章一~三の使用はいずれも被告登録商標の使用に該当するものではなく、控訴人らの主張が採用できないことは明らかといわなければならない。
三 以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は正当であり、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六七条一項本文、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 清水節 裁判官石原直樹は、海外出張中につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 田中康久)